SADのつらさ

SADのつらさと言ったらとてつもなく苦しいです。

まず一番つらいのが対人関係で理由もなく緊張すること。

心の持ちようでしょという人がいますが、コントロール不可能なので持ちようという問題ではありません。

例えていうのであれば、危険な危険な地雷原に笑顔で今日の夕飯は何にしようか歩きながら考えて歩くのが汗一つかかず、心の持ちようとわりきってできると言っているようなものです。

下手したらその夕飯が永遠に食べれないかもしれないのに歩けると思えるでしょうか?

まず不可能です。

このたとえをベースで考えてもらったら一番わかりやすいです。

以前僕は電車が乗れなかったのですが、人ごみの中を歩くのと違って、一歩間違えたら爆発する手りゅう弾に四方八方囲まれていると思ってください。

それは途中の駅で降りたくなりますし、緊張で下半身の筋力が緩んでトイレに行きたくなります。

吐き気ももちろんもよおします。

頭痛だってします。

SAD患者は対人と接すること、対人の存在自体が恐怖ですので、それ自体が死という概念で結び付けられてしまうのでつらいと言ったらありませんでした。

こんな経験があります。

僕自身意識がなかったので覚えていませんが、救急隊員の方がそうおっしゃっていました。

SADの知名度もそんなにないし、人に病名を言っても、「へー、そんなんだ。」くらいで終わってしまうのですが、がんと聞いたら同情の一つはかけてくれると思います。

しかし、死と隣り合わせのがんもとても苦しい大変な病気だと思います。

なんたって間違えたら死んでしまうのですから。

SAD患者は死と隣り合わせではないと思うかもしれませんがそれも誤解です。

調べてみましたら、年間とんでもない数の鬱の患者が自殺をして命を絶っているそうです。

その中でSADの方が多数いらっしゃると医師の方に聞きました。

その中のしがらみで僕は生きてきました。

精神病院に入院もしましたが、今では長年の治療が功を奏してジェイゾロフトとエビリファイという薬が自分に合っているとわかったので服薬し続けていましたところ経過がどんどんよくなり、一般のサラリーマンは無理でも簡単な仕事や対人関係以外の仕事ならできるようになりました。

それでもまだ完治はしていないので私は寛解20年必用といわれるこの病気とこれからも付き合っていかなければいけないでしょう。

家族にも今でも完全に理解されてはいないのですが、今は信頼できる医師が診察してくれるので少しは前よりもマシかな。と思っています。

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